2019年11月16日(土)

斎藤真理子(さいとう・まりこ)

翻訳者、ライター。

1960年新潟市生まれ。明治大学考古学科卒業。1980年から大学のサークルで韓国語を勉強、91年からソウル延世大学語学堂に留学。92年から96年まで沖縄で暮らす。

訳書に『カステラ』(パク・ミンギュ著 ヒョン・ジェフンとの共訳 クレイン)、『こびとが打ち上げた小さなボール』(チョ・セヒ著 河出書房新社)、『ピンポン』(パク・ミンギュ著 白水社)、『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ 筑摩書房)、『回復する人間』(ハン・ガン 白水社)など。

2015年、『カステラ』で第一回日本翻訳大賞受賞。

 

 斎藤真理子さんが、近年の韓国文学ブームの立役者であることは間違いない。『カステラ』の訳出以来、韓国現代文学の傑作、話題作を続々と訳出。本国で100万部のベストセラーとなり、男性中心社会における長年にわたる女性の生きにくさをリアルに描くことで、折からの「#Me Too」運動の後押しもあり、日本でも海外文学としては異例の売れ方を見せた『82年、キム・ジヨン』の紹介者(訳者)としてばかり注目されているけれど、斎藤さんの功績はそんな小さいものではない。

 たとえば、チョ・セヒの『こびとが打ち上げた小さなボール』(白水社)。家族を養うために、粉骨砕身働いてきた愛情豊かで辛抱強い〈こびと〉とその妻、長男ヨンス、次男ヨンホ、長女ヨンヒ、この一家を中心に、中産階級の専業主婦シネ、特権階級の父親が敷いたレールに反発を覚えている受験生ユノ、彼の家庭教師にして〈こびと〉と親しくつきあっているチソプ、巨大企業グループの直系一族である非情な青年など、さまざまな立場の人物が登場する連作短篇集だ。

 背景になっているのは、朴正煕による軍事独裁政権下、反体制派の知識人たちが次々と連行され、資本家によって労働者が搾取される一方だった1970年代の韓国。三兄弟妹それぞれの視点から、〈こびと〉の報われなかった人生が描かれる表題作はじめ、全12篇から伝わってくるのは、理不尽や不条理がまかり通る時代に生きた人々のやりきれない悲しみ。そして、どんなにがんばっても、生活が少しも楽になっていかない状況に対する怒りなのである。

 あるいは、巨大な顔面のモアイと共にいじめにあっている中学3年生の〈僕〉を語り手にしたパク・ミンギュの『ピンポン』(白水社)。この物語は、2人が原っぱで古ぼけたソファーと卓球台を発見するシークエンスから始まる。ラケットを買いに行った店で出会った、自らを〈卓球人〉を名乗る元卓球選手の外国人店主セクラテンを師匠に、彼らは卓球を学んでいくのだけれど、やがて、原っぱに巨大なピンポン球が着床。いじめられっ子2人が、人類の存亡をかけた試合に挑まなくちゃいけなくなり──と、かなりトリッキーな展開を見せる小説なのだ。

 もしくは、ハン・ガンの『ギリシャ語の時間』(晶文社)。パク・ミンギュのテンションの高い文体とは正反対、詩的な表現が特徴のハン・ガン作品から聞こえてくるもの静かな声を、斎藤さんがいかに美しい日本語に写し取ってくれているか。

 主人公は2人。視力を失いかけている古代ギリシャ語の男性教師と、言葉を失っている女性だ。父親の仕事の都合で、14歳でドイツに渡り、30歳で独り韓国へ帰国した男。16歳の時に一度失語症にかかり、離婚した夫に幼い息子をとられ、今また自分の中から言葉を閉め出してしまった女。それぞれに背負った宿命と過去のいきさつによって、それぞれに深い孤独の中にある彼らの思いを、魂の囁きを、作者は詩のように形而上的で、かつ読者の心に直接語りかけてくるような芯のしっかりした文章で描ききっている。

 その他にも、ファン・ジョンウン、チョン・セラン、チョン・スチャン、チョン・ミョングァン、アンニョン・タルなど、斎藤さんのハズレなき訳書を読めば、社会情勢にコミットする作品から奇想小説、幻想文学、詩小説まで、韓国文学の幅広い、奥深い魅力がわかる。フェミニズム方面だけで韓国文学を語るのは、もったいないことがわかるのだ。若い頃から韓国と韓国文化と韓国文学に親しんできた斎藤さんの朗読とお話で、その一端に触れることができる1時間30分。『82年生まれ、キム・ジヨン』しか斎藤真理子の訳書に触れていない方にこそ来ていただきたいイベントなのである。(文責・豊崎由美)

​美術のおまけ

開催日時

2019年11月16日 土曜日 18時開演(17時開場)

ゆっくり展示美術をご覧いただけるよう、1時間前の開場です。

お知らせ

多数の予約お申込みをいただきました。

予約受付を締め切らせていただきます。

ありがとうございました。