2019年9月15日(日)

上田岳弘(うえだ・たかひろ)

1979年 生まれ。

2013年 「太陽」で第45回新潮新人賞を受賞し、デビュー。

2015年 「私の恋人」で第28回三島由紀夫賞を受賞。

2016年  国際文芸誌「Granta」日本語版にて「Best of Young Japanese Novelists 2016」に選出される。

2017年 長篇小説『キュー』を、文芸誌「新潮」とYahoo! JAPANスマートフォン向けサイトで同時連載開始。

2018年 第68回芸術選奨新人賞受賞作『塔と重力』を原作として、オフィス3〇〇40周年記念公演『肉の海』(脚本・演出:渡辺えり)が本多劇場で上演される。

2019年 「ニムロッド」で第160回芥川賞を受賞。

同年、「私の恋人」が、渡辺えり脚本・演出、渡辺、小日向文世、のん出演で舞台化される。

 

 前にどっかの飲み屋で、トヨザキさん、「村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』は第4巻まで書かれるべきだった」って力説してたの、覚えてます?

 いつだったか、そう訊かれて、あやふやな記憶のままうなずくわたしに、上田さんはこう続けたのだった。

 で、その時、「僕が続きを書きますよ」「ノモンハン、やるつもりなんです」って言ったことも覚えてます?

 覚えていなかった。覚えていないまま、上田岳弘の初の本格的長篇作品『キュー』を読んで唸った。この小説のことだったのかと、唸った。『キュー』は、村上春樹が『ねじまき鳥クロニクル』で遠くまで飛ばそうと思い、しかし、未来までは飛ばしきれず、尻切れトンボで終わってしまった満州国建国以降の物語を、あたかも上田版「小説補完計画」のように描き直した感のある作品だったのだ。

 Cold Sleepによる700年の眠りから覚めた人物Genius lul-lul が直面する28世紀。高校時代に、原爆で死んだ少女・椚節子の産まれ変わりであり、〈私の中には第二次世界大戦が入っているの〉と語る渡辺恭子に心惹かれていた、37歳の心療内科医〈僕〉を主人公にした2016年。〈アフリカで生まれ(中略)東回りで行き止まりに行き着いた人類と、西回りで行き止まりに行き着いた人類とがそれぞれに発展を遂げ大きな隔たりを越えて全勢力をかけて争う〉〈世界最終戦争〉という未来図を、石原莞爾が〈僕〉の祖父である立花茂樹に語る1932年。

 3つの時間軸を内包する『キュー』は、自分はどんな役割を持って(あるいは持たず)この世界に存在しているのか、世界はどのように在り、どのようになっていくのかという問いに対し、壮大な物語で応えていく小説だ。

 「急」「旧」「九」「求」「究」「宮」「久」「球」「救」というタイトルがついた全9章、390ページの物語が大きく動き出すのは、〈僕〉が「等国」と名乗る組織によって拉致される第2章から。〈僕〉は、監禁先の建物の地下29階で〈すべてが叶えられた《予定された未来》からやって来て、万能の力を分け与えてくれるデバイス〉「All Thing」という赤い板を見せられる。これが、半世紀もの間寝たきりで喋ることもできないにもかかわらず、世界の趨勢を左右する力を有する祖父の脳にアクセスするコントロールパネルのようなものだと語る「等国」の男・武藤。しかし、その肝心の祖父は預けてある施設からいなくなり、〈僕〉は武藤と共に、行方を捜すことになるのだ。

 人類をひとつの超個体であると捉え、その重心を模索していく「錐国」と、人類は個体群であり、それぞれの個の占めるものを等しく拡大していくと考える「等国」。石原莞爾と立花茂樹の間で構想された、世界が進むべきふたつの針路と未来像を開陳しながら、物語は、まったく特別なところのない役どころの〈僕〉を狂言回しに、Genius lul-lulや渡辺恭子がこの壮大かつ驚愕のビジョンにどう関わっていくかをじょじょに明かしていく。まさに、これまでに発表した中短篇作の集大成というべき、大きな構えに圧倒される小説なのだ。

 私見では、「想像力の射程が長い」という賞賛に見合う作家は日本では数少ない。その一人が村上春樹だ。そして、村上春樹の文体や表現スタイル(つまり表層)に影響を受けた作家はいても、想像力の射程の長さの系譜に連なる作家は上田岳弘がデビューするまではいなかった、というのもまったくの私見だ。しかも、上田の場合、「長い」を超えて「遠い」。

 その「遠さ」に生で触れられるのが、今回の朗読会の醍醐味と、これまた勝手に思っている。小さなスペースなので、早々に席が埋まってしまうことが予想されます。この駄文を読んだら、確実に参加できる方だけ迷うことなく予約をポチッとしちゃってください。

(文責・豊崎由美)

​美術のおまけ

開催日時

2019年9月15日 日曜日 18時開演(17時開場)

ゆっくり展示美術をご覧いただけるよう、1時間前の開場です。