2019年7月20日(土)

中島京子(なかじまきょうこ)

2003年、田山花袋の『蒲団』の“打ち直し”を意図した『FUTON』(野間文芸新人賞候補)でデビューして以来、実在する旅行家イザベラ・バードの通訳を務めた日本人青年の恋を描いた『イトウの恋』や『均ちゃんの失踪』、『冠・婚・葬・祭』が三度にわたって吉川英治文学新人賞の候補に挙がるも、受賞にはわずかに届かなかった中島京子の作家人生の潮目が変わったのが2010年。

女中働きをしていた大正生まれの老女の回想記を通じ、戦前から戦後にかけての市民生活を描くことで、男たちの視点や解釈による太ゴシック体の戦争ではなく、柔らかな明朝体のそれを浮かび上がらせることに成功した『小さいおうち』が第143回直木賞を受賞しただけでなく、山田洋次監督によって映画化もされた。

その後、2014年には短篇集『妻が椎茸だったころ』で第42回泉鏡花賞を、2015年には、17世紀、東北の地に実在した女大名をめぐる史実に、一本角の羚羊をはじめとする伝説をかみ合わせたフェアリーテイルスタイルの時代小説『かたづの!』で第3回河合隼雄物語賞、第4回歴史時代作家クラブ作品賞、第28回柴田錬三郎賞を、また、老父がアルツハイマー型認知症と診断されてからの10年にわたる家族の物語を描いた8篇を収録する『長いお別れ』で第10回中央公論文芸賞と第5回日本医療小説大賞を受賞している。

 

 今、ちょうど『長いお別れ』が、濃厚な母娘愛によって話題を呼んだ『湯を沸かすほどの熱い愛』などの家族をテーマに据えた作品で高い評価を受けている中野量太監督によって映画化され、ロードショー公開されております。中島さんの実父が認知症を患った、その介護経験をもとに書いた連作短篇集なのですが、全体的に原作の持ち味を少し漂白したような淡泊なたたずまいの映画になっていて、原作ファンとしては少し残念だったりもするわけですが、しかし、昇平を演じた山﨑努の7年間に及ぶ老いと認知症が進んでいく過程を体現した演技は凄いです。姿勢、歩き方の変化はいうまでもなく、目の輝きの失い方、口元の老い方といった細部に至るまで、怖いくらいリアルに演じきっていて、瞠目そして刮目! 山﨑努の役者としてのハイスペックぶりを堪能するための映画といっても過言ではありません。原作を読んでから観に行くことを強くオススメする次第です。

 さて、中島さんが「本の場所」に登壇してくれるのは今回で3回目で。最多登壇。今回朗読で取り上げるのは5月に刊行されたばかりの『夢見る帝国図書館』です。

 15年前、上野公園のベンチで出会った白髪の女性・喜和子さん。小説を書いてはいるものの、まだ発表はされていなくて、フリーライターの仕事で収入を得ていた〈わたし〉は、喜和子さんから〈上野の図書館が主人公の小説〉を書いてみないかと切り出されます。

 谷中あたりの路地の奥まった先にある、風呂なしの小さな木造二階建ての家の一階に住む喜和子さんは、洋行帰りの福沢諭吉による〈ビブリオテーキ〉なくば近代国家にあらずという提唱を受け、明治新政府が図書館作りに着手した、そもそもの始まりを語るんです。明治五年八月に、湯島の聖堂に開館した日本初の近代図書館「書籍館(しょじゃくかん)」を発祥に、〈お金がない。お金がもらえない。書籍が買えない。蔵書が置けない〉という〈金欠の歴史と言っても過言ではない〉図書館の歴史。

 一方、一人暮らしをしている喜和子さんの事情についても、〈わたし〉は少しずつ知っていくことになります。元々は宮崎県の出身で、戦後、親の用事で東京に出てきた際、迷子になってしまったこと。復員兵の〈お兄さん〉と、その同居人である水商売をしている男性に拾われて、上野のバラック部落でしばらく生活を共にしていたこと。〈お兄さん〉と一緒に毎日のように図書館に通ったこと。その後、親元に帰ったこと。再上京したのは、今から17、8年前であること。

『夢見る帝国図書館』は、明治時代に出来た帝国図書館の来歴と、戦後を生きた喜和子さんの生涯、ふたつの物語が〈わたし〉によって縒りあわされるスタイルの小説になっています。

 喜和子さんから聞かされたり、自分で調べたりした図書館の苦難に次ぐ苦難の歴史や、淡島寒月、幸田露伴、樋口一葉、宮沢賢治、林芙美子といった大勢の文人が登場するエピソードを、喜和子さんと〈わたし〉の物語の合間に挿入。この「夢見る帝国図書館」と題されたパートには、相次ぐ戦争や、上野動物園の動物たちの痛ましい境遇など、その時々の時勢も描かれていて、それが戦後、上野のバラック集落に暮らす〈お兄さん〉に救われる喜和子さんの記憶と共振したり合流したりするんです。

 でも、実は喜和子さんの幼少期の記憶はひどく曖昧で、彼女の死後、実は語られざる人生があったことを知って〈わたし〉は驚きます。喜和子さんは、本当はどんな経緯で〈お兄さん〉と出会い、そもそも〈お兄さん〉とは何者で──。喜和子さんと関わりのある人たちと共に、いくつかの謎を解いていく〈わたし〉のパートは後半ミステリーもかくやという展開を見せます。

 時に笑いを生む軽快な筆致で描くリーダビリティの高い物語の中に、これまで発表してきた小説の多くがそうであるように、中島さんは反戦、反差別、親フェミニズムの視点を無理なく加味。読んで面白いというだけの小説にしていないのが、さすがなのです。

 その『夢見る帝国図書館』のどこを中島さんは朗読してくれるのか。『夢見る図書館』が生まれるに至った経緯は? 本と図書館を愛する人なら聴き逃せない90分間になるはずです。(文責・豊崎由美)

​美術のおまけ

開催日時

2019年7月20日 土曜日 18時開演(17時開場)

ゆっくり展示美術をご覧いただけるよう、1時間前の開場です。

お知らせ

多数の予約お申込みをいただきました。

予約受付を締め切らせていただきます。

ありがとうございました。