
高遠弘美「失われた時を求めて」を読む、語る。
2019年5月18日(土)

高遠弘美(たかとお・ひろみ)
1952年、長野県生まれ。
早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。現在は明治大学教授。研究テーマは、マルセル・プルースト、フランス文化史・生活史、近現代日本文学、翻訳論等と多岐にわたっている。
著書に『プルースト研究』『乳いろの花の庭から』『七世竹本住大夫 限りなき藝の道』。訳書に『消え去ったアルベルチーヌ』(プルースト)、『完全版突飛なるものの歴史』『悪食大全』『乳房の神話学』(以上ロミ)、『珍説愚説辞典』(カリエール&ベシュテル)、『完訳Oの物語』(P・レアージュ)など多数。
2010年9月より、プルースト『失われた時を求めて』の個人全訳を、光文社古典新訳文庫(全14巻予定)で行っている。
デイヴィッド・ロッジのアカデミック・ロマン『交換教授』(白水uブックス)に、文学専門の教授たちが「恥辱」というゲームを遊ぶ場面があります。自分がまだ読んでいない有名な小説のタイトルを各人が挙げ、すでにそれを読んでいる他の参加者一人につき一点を獲得。つまり、勝つためには自分を辱める必要があるのです。たとえば、ドストエフスキーの『罪と罰』やディケンズの『オリバー・トゥイスト』、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』、夏目漱石の『坊っちゃん』のような、名前だけならたいていの人が知っていて、かつ文学者なら(自分以外は)読んでいるであろう小説を挙げないと勝者になれないゲームという次第。
フランス文学研究者にとっての最強の「恥辱」本は、さしずめプルーストの『失われた時を求めて』ということになるのではないでしょうか。と書いているわたしもまた、恥ずかしながら完読できてはいません。これまで多くの仏文学者によって訳されているこの大河ロマンに井上究一郎訳(ちくま文庫)でトライしたものの、第4篇までしかたどりつけないまま現在に至っているありさま。今回、高遠さんを登壇者としてお招きしたのは、そんな不様なわたしにプルーストの魅力、『失われた時を求めて』を読み通す歓びを伝授していただきたい、そんな個人的な理由もあるからなのです。
1972年11月18日、プルーストが没してちょうど50年目の命日に、古本屋で全訳を揃えた大学生時代。「授業とアルバイトの合間を縫ひながら一ヶ月弱で読み終へたとき、私は完全にプルーストの虜になつてゐた」(「ふらんす堂通信」掲載のエッセイより。以下同)。「『失はれた時を求めて』を読んで強く印象づけられるのは、現在時への並並ならぬ執着と眼前の藝術や自然や人間のありやうに向けられる感覚と意識の並外れた力である」と賞賛を惜しまない高遠さんが、光文社古典新訳文庫で、この大作の個人全訳に挑んだのが2010年。
訳出にあたって心がけているのは「結局は作品に見られる細部の正確さと、全体の文章から発せられる論理的でときに詩的な美しさをどう日本語として表現するかといふことに盡きる」「見据ゑるべきはプルーストの書いたフランス語のみ。それを深く、正確に理解するために辞書を徹底的に調べ、文脈を考へ、日本語の文章として力強さと論理性と美しさを失はないやうに訳語を決め、言葉の流れを一つ一つ叮嚀に辿つていかなくてはならない」と綴る高遠さんの訳文の朗読と作品解説によって、わたし自身がプルーストのそばにおずおずと近づいていけるような、そんな1時間半を期待しています。
『失われた時を求めて』を完読している方も、読んでみたいけれど腰が引けている方も、わたしのような途中で挫折してしまった方も、是非、この有意義な機会を逃さないでください。(文責・豊崎由美)
美術のおまけ

開催日時
2019年5月18日 土曜日 18時開演(17時開場)