チェコ文学を読む、語る。

阿部賢一

2018年1月21日(日)

阿部賢一(あべ・けんいち)

 

チェコ文学者

1972年東京都新宿区のお菓子屋の生まれ。

1995年に東京外国語大学を卒業し、2003年同大学院博士後期課程修了。

2002年までパリ第4大学に在籍。チェコのプラハ・カレル大学でも学ぶ。

北海道大学スラブ研究センター研究員、東京外国語大学助手、武蔵大学人文学部専任講師を経て、2010年、立教大学文学部准教授に。

2016年からは東京大学人文社会系研究科現代文芸論研究室准教授。

2015年、パトリク・オウジェドニーク『エウロペアナ 20世紀概説』の共訳で第1回日 本翻訳大賞を受賞。

ボフミル・フラバル『わたしは英国王に給仕した』、ミハル・アイヴァス『黄金時代』、ラジスラフ・フクス『火葬人』、イジー・クラトフヴィル『約束』など翻訳多数。

 

 

 「海外文学といってもどれから読めばいいか、わからない」という方に薦めているのが訳者買いです。新聞書評などで知って、面白そうだから読んでみたら当たりだったという経験をしたら、まずはその本を訳している人も他の訳書に手を伸ばしてみる。というのも、(全員というわけではないのですが)翻訳家は自分で訳する本を選定しているからです。つまり、あなたが読んで面白かった本を訳している人は、あなたと読書の傾向が似ている場合が多いということ。

 わたしにも、「この人が訳した作品は絶対読む」という訳者が何人もいます。その一人が、チェコという欧米と比べれば翻訳紹介が手薄だった国の素晴らしい作品を鋭意紹介し続けてくれている阿部賢一さん(わたしは親しみをこめてアベケンさんと呼んでいます)。

 河出書房新社「世界文学全集」に収録されているフラバルの『わたしは英国王に給仕した』はもちろん読んでいたのですが、わたしが阿部賢一という名をくっきり脳内に刻印したのはラジスラフ・フクスの『火葬人』から。

 一番怖いのは幽霊や怪物なんかじゃなく、人間だということを思い知らせるこの小説の舞台は、1930年代末のプラハ。主人公は火葬場で働くコップフルキングル氏です。家族を愛する穏やかな紳士で、愛読書はチベット教に関する本。上の階に住むユダヤ系の医師を尊敬していたのに、ヒトラーを支持し、ドイツ系チェコ人で構成される党に入って出世を遂げた友人の影響を受けると──。差別や暴力と無縁だった好人物が、少しずつ黒い偏見に染まっていき、やがてダークサイドに落ちていく。その過程を、薄気味悪いエピソードとともに描く筆致はほとんどホラー。自分の中に見つけることができそうなリアルな悪を描いて、背筋が凍る作品なのです。

 この、わたしにとっては未知の作家の素晴らしい小説を教えてくれたアベケンさんは、以降、「訳す作品は全部読む」翻訳家となったのです。

 滝の岩棚に作られ、流れ落ちる水のカーテンによって仕切られた住まい。変わりつづける島民たちの。匂い時計によって知らされる時間。火を使わず熟成によって作られる料理。島民の中でもっとも存在感や権力のない人間が選ばれることになっている王。変容する文字。そんな不思議な島について書かれたミハル・アイヴァスの『黄金時代』。

 共産党政権による独裁体制が強化されつつあったチェコスロバキアで、秘密警察に拘束された妹を尋問中に殺された男の復讐譚なのだけれど、そんなノワール小説風の骨子を裏切るエピソードの数々がケッサクで、どんな作品にも似ていない稀有な物語になっているイジー・クラトフヴィルの『約束』。

 などなど、翻訳紹介する作品にハズレなし! そんな海外文学ファンが絶大な信頼を寄せるアベケンさんが、朗読の合間に現代チェコ文学のこぼれ話をしてくれる1時間半。わたし自身が一番愉しみにしている1時間半なのです。(文責・豊崎由美)

​美術のおまけ

開催日時

2018年1月21日 日曜日 18時開演(17時開場)

ゆっくり展示美術をご覧いただけるよう、1時間前の開場です。