
中島京子「ゴースト」朗読会
2017.9.10(日)

中島京子(なかじまきょうこ)
2003年、田山花袋の『蒲団』の“打ち直し”を意図した『FUTON』(野間文芸新人
賞候補)でデビューして以来、実在する旅行家イザベラ・バードの通訳を務めた
日本人青年の恋を描いた『イトウの恋』や『均ちゃんの失踪』、『冠・婚・葬・祭』
が三度にわたって吉川英治文学新人賞の候補に挙がるも、受賞にはわずかに届かな
かった中島京子の作家人生の潮目が変わったのが2010年。
女中働きをしていた大正生まれの老女の回想記を通じ、戦前から戦後にかけての
市民生活を描くことで、男たちの視点や解釈による太ゴシック体の戦争ではなく、
柔らかな明朝体のそれを浮かび上がらせることに成功した『小さいおうち』が第143
回直木賞を受賞しただけでなく、山田洋次監督によって映画化もされたのだ。
賞に恵まれなかった初めの7年間が嘘のように、その後、2014年には短篇集『妻が
椎茸だったころ』で第42回泉鏡花賞を、2015年には、17世紀、東北の地に実在し
た女大名をめぐる史実に、一本角の羚羊をはじめとする伝説をかみ合わせたフェア
リーテイルスタイルの時代小説『かたづの!』で第3回河合隼雄物語賞、第4回
歴史時代作家クラブ作品賞、第28回柴田錬三郎賞を、また、老父がアルツハイマー
型認知症と診断されてからの10年にわたる家族の物語を描いた8篇を収録する『長
いお別れ』で第10回中央公論文芸賞を受賞。あっという間に、人気と実力を兼ね備
えた日本を代表する作家の一人に仲間入りを果たした。
中島作品の多くに共通するのは、自然主義文学を代表する名作を現代に蘇らせたデ
ビュー作や、戦や流血を好まず、何事も知恵と話し合いで解決しようと努めた聡明
なヒロインの波乱の生涯を描くことで、東日本大震災後に主義主張の違いから生ま
れ続けている不穏な争いごとや消えない不安に対し、立ち止まって冷静に考えるこ
とを静かにうながす『かたづの!』などのように、過去を描きながらもその向こう
に常に“今”を見すえるという視野の広さ。この奥行きのある物語作りと、お手軽な
娯楽小説にありがちな何もかも説明したがるくどくどしさとは正反対の、読者の想
像力を信頼するスタイルの描写&軽重自在の豊かな声(文体)ゆえに、エンターテ
インメント系文学賞のみならず、今後は谷崎潤一郎賞や読売文学賞といった純文学
系文学賞の受賞も、個人的には十分ありうると信じている。
今回、中島さんに登壇いただくのは昨年4月に続いて2回目。最新刊の連作短篇集
『ゴースト』(朝日新聞社)からの朗読になる。中島さんのたおやかな声で聴ける、
時に笑いを生む優しいゴーストストーリーを楽しみに南青山に足を運んでいただ
きたい。
(文責豊崎由美)
美術のおまけ
