福永信朗読会

2017.2.18(土)

福永信 (ふくなが・しん)

1972年、東京生まれ。小説家。京都在住。

1998年、文芸誌「リトルモア」に応募した短編「読み終えて」で第1回ストリートノベル大賞を受賞。

2001年に初の作品集『アクロバット前夜』を刊行。

2006年、柴崎友香、名久井直子、長嶋有、法貴信也とともに同人誌「Melbourne1」を刊行、

2007年には同じメンバーで同人誌第二弾「Иркутск2」を刊行。
他の著作に『コップとコッペパンとペン』(2007)、『星座から見た地球』(2010)、
『一一一一一』(2011)、

『こんにちは美術』(編著/2012)、『三姉妹とその友達』(2013)、『小説の家』(編著/2016)などがある。

2015年、第5回早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞を受賞。

いきなり個人的な話で恐縮ですが、わたしの書評家としての恥ずべき黒歴史のひとつに、

福永信の面白さがしばらくわからなかったということがあります。  

2004年、雑誌「ユリイカ」誌上で、島田雅彦氏、大森望氏と架空の文学賞の選考会行った際、

文芸誌「文學界」に掲載された福永さんの中篇『コップとコッペパンとペン』について、わたしは次のように述べています。

「今どきこんなことやったってしようがないんじゃないのという、いわゆる夢小説系手法」

3年後、河出書房新社からこの作品が刊行され、再読したわたしは恥じ入るあまり、ただでさえ低い身長が3cmばかり縮んでしまったのでした。

〈いい湯だが電線は窓の外に延び、別の家に入り込み、そこにもまた、紙とペンとプがある。この際どこも同じと言いたい〉

という文章で始まるこの小説は、早苗の結婚→早苗の不審死、夫の失踪→娘による真相を探るための

湯煙の旅→娘の結婚→息子・暁の誕生→娘とその夫の死→暁と友人の会話→謎めいた5歳の男の子との遭遇、という流れを経て、

暁がアパートに帰ると、からまるブーツの紐と格闘している江里子がいて、ブーツの紐は〈二人のあいだでとぐろを巻いていた。一本なのか、あるいは何本かの紐がからまっているのかもしれなかったが、それは暁にも江里子にもわからなかった。つまりここにいる誰にも判断できなかった〉という場面で終わります。

親子三代にもわたる物語に、福永さんが費やした字数はおよそ40字×650行。濃縮小説(コンデンス・ノベル)といってもいいほど凝縮された、この短い物語を再読するのに、わたしは3時間かけました。

そして、わかってしまったのです。3年前の自分がこの小説のことを何ひとつ理解できていなかったことが。

再読した自分は、この小説のことを何ひとつ理解できていないことくらいは理解できるようになったということが。

小説はどこから小説と呼ばれ、どこまでが小説と容認されるのか。小説を「小説と呼んだり容認しているのは何者なのか。

福永作品は、笑いと脱力をともなう(しかし、周到な計算の上に構築された)独特のスタイルの文章をもって、わたしにそう問いかけている。

3年前のわたしに問いかけている。わたしは、問いかけられてる。思い返せば、最初のページの1行目が次ページの1行目につながり、

以下同様に読み進めて最終ページの1行目を読み終えると、今度は最初のページの2行目につながり……(以下同)

という特異なスタイルで書かれた『アクロバット前夜』からずっとそうだったのです。

小説がいかに自由でどれほど贅沢な表現ジャンルであるかを、福永信は自らが言葉を使って遊びたおすことで読者に伝えてきた作家なのです。  

自分の無理解、いや、非理解を悟ったわたしは、以降、『星座から見た地球』『一一一一一』『三姉妹とその友達』といった福永作品を通じて、小説を読む愉しみの幅を広げている次第です。正直いって、今でも福永作品を理解できているとはとても思えません。

でも、世界には「わからない」ことがそのまま「楽しい!」につながる表現は多々あります。

「わからない」ことが「わかる」だけでも、それはひとつの読解の証なのではないかと、不肖トヨザキは考えます。  

小説家としてだけでなく、美術作品の案内人としても活躍している福永さんが、柴田是真「鬼の茨木図」と河鍋暁斎「釣狐図」を背に

どんな朗読をしてくれるのか。皆さんも、是非、目撃者の一人になってください。(文責・豊崎由美)

美術のおまけ

開催日時

2017年2月18日 土曜日 18時開演(17時00分開場)

ゆっくり展示美術をご覧いただけるよう、1時間前の開場です。