
滝口悠生・朗読会
2016.10.16(日)

滝口 悠生
1982年10月18日生まれ。
2011年 『楽器』で第43回新潮新人賞を受賞して小説家デビュー。
2015年 『愛と人生』で第37回野間文芸新人賞を受賞。
2016年 『死んでいない者』で第154回芥川龍之介賞を受賞。
空間と時間を旅する作家が、滝口悠生です。
「デビュー作の中にその作家のすべてがある」とは言い古された物言いですが、
滝口さんに関してはまさにそうで、毎年5月上旬になると、ある目的をもって
同じ地域をほっつき歩くのを常としている〈私〉をはじめ4人組の珍道中を描いた『楽器』は、
滝口ワールドの特色を集約したような小説になっています。
それぞれにユニークな個性を持つ4人が毎回道に迷ってはヘンテコなものに遭遇し、ある年などは奇妙な大宴会にでくわして──。
4人の関わりやプロフィールを、時をさかのぼったエピソードのうちに明かしていくこの物語自体が、
ここに描かれているすべての出来事のさらに数年後の世界にいる〈私〉が回想したものだという、
時間的に重層の入れ子構造を採った非常に技巧的なこのデビュー作以降、空間と時間の移動、記憶のメカニズムの不思議について
描き続けていくんです。
大学1年生の〈私〉が原付バイクで青森県を目指す北上の旅に出て、居眠り運転で田んぼに落ちてしまう場面から始まる、
33歳になった〈私〉を語り手にした『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』は、1人の男の15年間という過去と記憶にまつわる小説です。
滝口さんは、この回想スタイルの青春小説の中で、自分という檻の中から世界を眺めるしかない狭小な存在が人間で、
それはもうしかたないのだけれど、その気持ちをおざなりにせず、きわめて丁寧に描出。
しかも、おかしい! 横溢する笑いも滝口作品の美点のひとつです。
日本の国民的映画『男はつらいよ』第39作に登場する少年・秀吉役を演じた青年を語り手〈私〉にした『愛と人生』は、
かの映画がかもすペーソス含みの笑いを踏襲。
タコ社長の娘・あけみ役を演じていた美保純まで作中に登場させ、彼女が映画で見せたお尻をめぐるエピソードで哄笑を誘います。
映画の中の秀吉とあけみ、27年後の世界を生きる〈私〉と美保純。
2つの虚構、2つの時間の境目を融通無碍に飛びこえながら、日本一の旅キャラといっていい寅さんのシリーズにおける
ベタな展開の魅力を解き明かしていく。
映画評としても読みごたえのある1篇というべきです。
芥川賞受賞作『死んでいない者』は、THEお通夜小説。85歳の死者のお通夜の席を舞台に、総勢30名近い親類縁者が登場し、
複数の視点からその一夜の出来事と、過去に起きたことが描かれていきます。
多くの記憶を共有する親子や兄弟姉妹、血縁者の間にだからこそ通う、喜びや悲しみや苛立ちや怒りや共感や諦念。
死んで(この世には)いない者と、(まだ)死んでいない者の思いを交錯させながら、
作者十八番の、ひとつに定めないばかりか、過去と現在を自在に行き来させられる自由な視点を使って、
そうしたありふれていながら同時に特別でもある感情を、生と死の諸相を浮かび上がらせていくんです。
その滝口悠生さんが、10月16日に「本の場所」を旅します。どんな光景を見せてくれるのか、どんな時間が流れていくのか。
皆さんも旅に同伴してみませんか? (文責 豊崎由美)
美術のおまけ
