「つかこうへい正伝1968-1982」長谷川康夫

2016.7.2(土)

「そうか、つかさんはもういないんだ…」

 40年前、つかこうへいが率いる「劇団つかこうへい事務所」というものがありました。

ほぼ10年で活動を終えるのですが、僕はたまたまその一員であり、

そんな劇団時代の仲間たちから託される形で書くはめになったのが、この本です。

しかしすぐに、自分の身の程知らずの安請け合いを後悔します。

だってこれまで脚本などという、人をダマくらかすような仕事ばかりしてきて、事実を文字として残す作業などやったことがないのですから。

皆に尻を叩かれ、七転八倒しながら、四年がかりでなんとかゴールにたどり着き、ようやく書籍として世に出たものの、

560ページを超えるこのバカ厚い本が、果たして読みものとしての価値があるのか、いまだに自信が持てないでいます。

もちろん、言い出しっぺの仲間たちは心から喜んでくれましたし、あの時代、つか芝居に通った方々なら、

多少その興味を引くものになったかもしれません。

でも、何の関係も関心もない人にとってはどうなのか。

札幌で一人暮らしする87歳の母に本を送り、返って来た言葉が、「こんな厚くて高い本、誰が買うのさ」まったくその通りです。

まさか初稿のゲラの段階で、一冊に収まらないと出版社に叱られ、1ページの行数を増やした上に、泣く泣く100ページカットしたとも言えず、

黙ってうなだれるしかありませんでした。

ただ正直なところ、僕自身にとって、この本を書いたことはとても意味があったと、今になって思っています。

僕は病床のつかさんを見ていないし、葬儀や偲ぶ会なども開かれなかったので、その死をどこか実感できずに来たところがありました。

とくにこの原稿に向かっていた四年間は、一緒だった日々を呼び起こすのに懸命で、つかさんが亡くなったことなど頭から消え、

忘れてさえいました。もし生きていたら、自分がこんなものを書くこともなかったのに。

それが、完成した本を手に取り、そのページをめくるうちに、ようやく気づくことができたのです。

そうか、つかさんはもういないんだ……と。

長谷川康夫

長谷川康夫

演出家、脚本家。1952年札幌市生まれ。早稲田大学政治経済学部入学後、劇団「暫」に入団。つかこうへいと出会う。

その後、『いつも心に太陽を』『広島に原爆を落とす日』『初級革命講座飛龍伝』『蒲田行進曲』など一連のつか作品に出演。

82年の「劇団つかこうへい事務所」解散後は劇作家、演出家として多くの舞台作品を発表、

92年からは仕事の中心を映画に置き、『亡国のイージス』(2005)で日本アカデミー賞優秀脚本賞受賞。

近年の脚本作品として、『聯合艦隊司令長官山本五十六』(‘11)『柘榴坂の仇討』(‘14)『起終点駅ターミナル』(‘15)などがある。

『つかこうへい正伝1968-1982』(新潮社)で第35回新田次郎文学賞受賞。

 

開催日時

2016年7月2日 土曜日 18時開演(17時30分開場)

今回は資料展示がありますので、美術のおまけはございません